精神疾患者が日記を勧められる理由

  • 2015/07/28

日記に執着する母を見て。

精神疾患を持つ母はメモ魔です。いつ起きて、いつ食事をして、どう感じているのか。父や子どものことまで全部を広告の裏にメモするのです。

これは、病院の先生に勧められて始めたことです。当時幼かった僕は、「病院で報告するためかな」くらいにしか考えていませんでした。しかし、ここまでメモに執着されると日常生活に影響が出ます。「何時何分に寝てたっけ?」って訊かれても、ケアラー側としては覚えていないですし、何か言葉を発する度に「もう一度繰り返して、メモしてなかった」なんて言われて、面倒な気分にもなります。

ちなみに、この回答で「知らない」と答えると、「メモが書けない」というパニックに陥るので、だいたいの時間を答えてあげるようにしていました。「これじゃあ逆効果じゃないか!」と我が家では全員が怒りを覚えていたと思います。

メモすることの意味を知る

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時は経ち、精神疾患を持ってしまった私。病院で、「薬以外に心がけることや勉強したほうがいいことはありますか?」と問いました。その先生の答えは、「認知療法を学んでみてください」とのことだったので、さっそく古本屋によって、いくつか本を購入しました。

認知療法・認知行動療法とは、私たちのものの考え方や受け取り方(認知)に働きかけて、気持ちを楽にしたり、行動をコントロールしたりする治療方法です。(引用:http://www.cbtjp.net/cure/

すごく簡単に具体的に言うと、僕が小6の時、テストで80点をとりました。それを母に見せると、平手打ちされました。僕は「テストで80点とった」という事実を見せただけです。母は、それを見て、「80点しか取れていない(20点も間違っていた)」と感じて、教育的指導しなければならない!と感じて(この部分は想像です)、平手打ちという行為になったのです。

母も意図して叩いたわけではないようでした。じゃあどうしてその事実から心が動いて、そういう行動に出たのか。それを明らかにする手段として、日記が活用されるのです。文字にすることで、自分がどういう事実から、どう感じたのか、明らかにしていくのです。書くことを続けていくと、病気による歪みやねじれがあることが解ってくるようです。実際、私は面倒くさがりで毎日書くことはしませんでしたが、何か不安に思った時に、原因となる不安を書き出すと、その根拠となる事実がなくて「漠然と」不安になっていたことに気づいたりもしました。

メモを補助する人がキーパーソン

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病気でない人でも、悩みを書くとスッキリするといいますが、それに近いのかもしれません。ただ、ひとつ違うのは、書くだけでスッキリすることはあまりないということ。その後に再度読み返し、事実を自分はどう捉えていたのか考えるプロセスに意味があるのです。この作業は、なかなかひとりでは難しいものです。そもそも、自分自身にとってはすべて事実みたいに感じていて、潜在的に抱えている価値観に気づくことはなかなか困難です。そんなとき、その日記を基にリフレーミング(解釈を変える)していく人が必要なのです。

とはいえ、家族が実際にその役割を担い続けるのは、実質的には困難です。家族であっても、他人の話。長期であればあるほど、日記の相手をするのが苦痛になります。せめて、その日記の意味は、ただ”現在”を書くことではない、ということを私たちが認識することが第一かなと思います。そして、可能であればそれを本人にも伝えて、自らのふりかえりを促すことができれば、ケアラーの不安は減るのかな、と感じます。

決して、私の母のように「メモすること」が目的化する前に。

画像出典:http://pixabay.com/


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この記事の著者

やしゆう

やしゆう

1986年生まれ。5歳で親が自律神経失調症になり、13年間親の病気を中心とした生活を送る。18歳で独り暮らし、大学へ通いつつ介護の代わりに自らの生活費を稼ぐ。就職するも、25歳で自分自身もうつ病と診断され、少しだけ親の気持ちが解りだした。現在通院加療中だが2015年度中に治すことを決意。

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