僕が境遇に負けないと決めた日

  • 2015/07/10

「親が病気だから…」というカミングアウトを受けたら、あなたはどんな気持ちで相手のことを見ますか?
当時の僕は、みんな同情の目で見ているようで、その視線がそれがすごく嫌でした。だって、極論「親が病気だったら自分は働かなくてもいいのか?」「成績が悪くてもしかたないのか?」「親が病気だったら犯罪をしてもいいのか?」ということになるような気がしていたから。

僕が境遇に負けないと決めた日

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中学校の頃のこと。部活に入りたいと思っていた僕は、いったんその練習に参加することにしました。友達も入部していて、練習は毎日あると聞いて不安にもなりました。正直、すごくハードで、続けるの嫌かもしれない、と思いました。そんな中、精神疾患を持つ母が「週3日ならいい、他の日は学校が終わったらすぐに帰ってきてほしい」という条件を出してきたのです。当時、食事の準備やらを帰宅後にしていた私にとって、それ以上の要求を母にすることができませんでした。

実際に顧問の先生に話すと、難しそうな顔をしてこう言われました。「家庭の事情はわかったけれど、それだと部活で強くはなれないから、きっと練習だけしかできないと思う」。結局、入部はしませんでした。

後から気づいたのは、「自分が家族を言い訳にしてツライことから逃げた」という思いでした。いや、当時も、うすうす気づいていたのかもしれません。自分が特別な環境だからしかたない、そう思って自分が自分の人生を諦めている…中学生でそういう状態の自分に、愕然としました。

それに気づいた時、この境遇を言い訳にしない、「普通の人と同じように」見られたい、と。

自分自身の人生は自分で決める。

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「親が病気だから…」というカミングアウトを受けたら、あなたはどんな気持ちで相手のことを見ますか?その答えは、その人次第で変化するものであるということ。それで当たり前なのです。そして、カミングアウトをすることへの恐れを他人に抱いていましたが、他人がどう受け取るかなんて、自分自身には解らなくて当然なんです。不安で当然なんです。

中学時代、僕は介護を優先しました。高校を卒業するときに、介護から逃げ出して独り暮らしを始めました。だけれど、経済的負担はかけないように生きてきました。両親からの長電話も聞くようにしていました。「一緒におってくれたら」という言葉を何度も聞かされても、戻らなかったのは、僕がそう選択したから。

将来への不安はあります。一方で、今を生きられていないと感じることが、僕には耐え難かったのです。大学でも仕事でも、一生この境遇を言い訳にして生きていく自分を想像するのも。

僕自身は、「介護という現場から逃げた」と思われてもいいです。自分が大切だと思っている人は、理解しようとしてくれます。大切でない人には、理解してくれなくてもいいと思っています。

精神疾患を抱えている人にも、介護している皆さんにも、伝えたいこと。それは、誰も、あなたを否定していない、むしろその困難を超えようとするのは立派なことだ、ということです。介護の道を選んでも、そこから離れても、誰もあなたを責めたりはしません。それを判断する権利は、自分自身以外にないと思っています。自分自身さえ、その事実に向き合って、そこに言い訳や後ろめたい気持ちを持たなければ、あなた自身の人生を選んでいける。そんな簡単にはいかないものですが、僕は信じています。

画像出典:http://pixabay.com/

 


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この記事の著者

やしゆう

やしゆう

1986年生まれ。5歳で親が自律神経失調症になり、13年間親の病気を中心とした生活を送る。18歳で独り暮らし、大学へ通いつつ介護の代わりに自らの生活費を稼ぐ。就職するも、25歳で自分自身もうつ病と診断され、少しだけ親の気持ちが解りだした。現在通院加療中だが2015年度中に治すことを決意。

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