僕が脱ステした話〜アトピー性皮膚炎で苦しむ人へ

  • 2015/07/15

※この記事はステロイドに対する個人の意見を多分に含みます。

この記事を読む前に必ず頭にとどめておいて欲しいのですが、僕はステロイドが悪とかステロイドを辞めて良かったとかそんなことを言う気は全くありません。

もちろん、ステロイドを止めることを推奨しているわけもありません。ステロイドに良いところがあるのも知ってるし、ステロイドを使って治す人も多いことは分かっています。その上で僕の経験がステロイドを使ってアトピーを治している人や、ステロイドを止めたいと思っている人の助けになれば良いなと思ってこの記事を書いています。ステロイドが分からない方がもしいましたら、アレルギーを治すために一般的に用いられる薬で副作用が問題視されることが多い薬とでも思っておいてください。

アレルギー症状のオンパレードな僕

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僕は生まれたときから強いアレルギーを持っていました。喘息、花粉症、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎とアレルギー症状のオンパレードでした。少し運動するだけで、息が出来ないほど酷い喘息になり、十数個の食品に対してアレルギー反応がでました。アトピーのせいで皮膚は常にボロボロで顔は真っ赤でした。そんな状態で幼少期に普通の生活を送れるはずもなく、薬で発作を抑えて家で寝込むという生活を続けていました。

そんな僕も幼稚園に上がる頃には少し症状も回復し、普通に運動も出来るようになっていました。小学四年生の頃には持久走で学年六位になったこともあります。水泳をしていたので、喘息持ちのくせに肺がそこそこ強かったようです。

しかし、年々皮膚の症状は悪化して、皮膚につける薬(ステロイド)は年々強くなり、このままではいずれたちいかなくなるのは目に見えていました。真っ赤な身体とそれを一時的に抑えるだけのステロイド。ステロイドの吸入も毎日行っていました。

このままではいけない!いよいよ中学に上がろうとする僕の頭にそんな思いがあったのは確かだと思います。

ステロイドを止めてみない?

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そんなときに母親から

「なぁ、ステロイド止めてみない?」

という提案がありました。リスクの説明を大雑把に受けて、僕はステロイドを完全に断つことに決めました。リスクの説明というのもだいぶ大雑把なものでそのときの僕は半分も理解出来ていなかったと思います。

このときの僕はステロイド以外にアトピーに対して何か対策を取るということしていませんでした。他の選択肢が鼻から頭になかったわけです。それでステロイドを辞めないと、この先一生ステロイドを使っていかなければならない。そんな妄執に取り憑かれていたのかもしれません。結果として脱ステは出来たし、今、全く薬を使わずに薬を使っていた状態とほぼ同じ状態をキープしています。ただ、それを成功と言って良いのかは今もわかりません。

あまりにも失ったものが多すぎたからです。中学生に上がり、脱ステの専門医のところに通い(因みにこの医者は今は通っていないし、他人に勧めようとは思いません)脱ステを始めました。今の日本の医療界の常識では、まずステロイドを使って炎症を抑え、徐々に弱いステロイドに切り替えていくことで、最後にはステロイドを辞めるという流れに沿うことになっています。しかし、その先生が言うにはそれでは弱いステロイドに変える段階でまた症状が悪化し、結局弱いステロイドに変えるどころか、どんどん強いステロイドを使わなければならなくなるという負の循環にはまるとのことでした。思い当たる節はありました。僕はその段階でかなり強いステロイドを使っていました。ぶくぶくに晴れて血が出ていた僕の皮膚には弱いステロイドではもはや効果がありませんでした。

「では、どうすれば良いのですか?」

神妙な面持ちで母が尋ねていたのを覚えています。

「とりあえず皮膚に塗っているステロイド、今すぐ辞めよう」

脱ステの話はある程度母から聞いていたが、いきなり全部辞めるというのは知りませんでした。今でさえこんななのに、全部辞めてしまうとどんなことになるのだろうか。一抹の不安はありました。しかし、そこで反論する理由も知識も僕にはありませんでした。

脱ステ生活の始まり

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こうして僕の脱ステ生活は始まりました。中学一年生のことでした。その日から僕はすべてのステロイド軟膏を辞め、ステロイドの吸入を二日に一回に減らしました。それでは喘息を起こすリスクがあるため、毎日気管支拡張剤を服用することでそのリスクを減らしました。ちなみに気管支拡張剤とは急な喘息発作がでたときに吸入する薬で非常事態のみの利用が一般的です。これは後で考えると物凄いやり方でした。

緊急時のための気管支拡張剤を毎日服用していたのですから!

気管支拡張剤が効かなくなったら普通の生活すらままならなくなる可能性はあったと思います。

僕は脱ステには二パターンあると思っています。吸入を通して、身体にもステロイドをたっぷり吸収しているパターンと、皮膚にだけ塗っているパターンです。不運にも僕は前者でした。生まれたころから、ステロイド吸入をし続けたせいで副腎(ステロイドを造る器官)が弱く、自力でほとんどステロイド作れないと言われました。このパターンの患者は皮膚だけの患者より、症状が深刻らしいです。命に関わる症状が出やすいとのことです。それでも僕の脱ステ生活は止まりませんでした。1年目は大変でした。寝る度に布団は血だらけ、まくらはリンパ液でカピカピになっていました。風呂に入るたびにピキっと刺すような痛みが走りました。その都度、肌がめくれてべろべろにはがれ落ちました。

一番辛かったのは水泳の時間でした。友達に身体を見られるのは辛かったです。塩素の入った水は肌に染み、皮膚も凄く痒くなりました。見学者側に回りたいという思いも強かったのですが、なぜかそうはしませんでした。一時期は「顔の半分血だらけだね」とか言われたりもしました。

でも、不思議ともう辞めたいとは思いませんでした。ここまでやって辞めるのはもったいないという気持ちの方が強かったのだと思います。途中皮膚の収縮が起き、皮膚がしわだらけになったり、皮膚にカビが生えたり、感染症のヘルペスになったりと色々大変でした。それでも僕の脱ステ生活は進んで行きました。

半年くらいが経ったとき、ステロイドの吸入を完全に辞めることができました。そのあと半年かけて気管支拡張剤のメプチンを減らし、最終的にインタール(副作用が少ない抗アレルギー剤)だけに落ち着けることができました。

脱ステ七年後~現在の話

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今はインタールも使っていません。今でも、ステロイドを辞めた影響で喘息にはなるし、肌は皺だらけだし、ステロイドの使いすぎで副腎(ホルモンを作る器官)が凄く弱いです。僕の副腎ではまともに男性ホルモンを作れないレベルです。それでも今は全く薬を使ってないし、身体も以前と同じくらいには元気です。感染症のリスクや、気管拡張剤が効かなくなるリスクなどを考えると人に簡単に脱ステを勧めることは僕にはできません。何よりも脱ステ期間中がとても辛かったです。もう一度やれと言われても不可能かもしれません。

僕はこの記事を読んだ人やその知り合いの方が今後アトピーと向き合って行く上で何かしらのプラスになることを願っています。


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この記事の著者

谷内燦久

谷内燦久

食物アレルギー、アトピー性皮膚炎、喘息、花粉症をもっています。自分と同じようにアレルギーで悩んでいる人の助けに少しでもなれば良いと思っています。

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