前編:ゲイであることをカミングアウトした経験から学んだこと

  • 2015/06/08

私がカミングアウトした理由

企業などをはじめ、色々なところでLGBT研修の機会を頂くことが増えてきました。そこでよく頂くご質問のひとつがカミングアウトのことです。

「いつ頃から自分自身がゲイということに気づきましたか?」
「初めてカミングアウトをしたのはいつですか?」
「親にはカミングアウトをしているのですか?」

ということです。

そのため、今回はカミングアウトについてお届けしたいと思います。そもそも、皆さんはカミングアウトの意味をご存じでしょうか。カミングアウトは「coming out of the closet」が語源で、「クローゼットの中に押し込めていた本当の自分をオープンにする」という意味があります。

カミングアウトをするようになったきっかけ

研修などで「カミングアウトをするきっかけ」についてよくご質問を頂くのですが、その理由については人それぞれ異なりますので、私のことについてお話をさせて頂きます。

私は自分がゲイということに気づいたのは高校生の時でした。高校3年生の時に同性ですごく好きな子がいました。おそらく初恋だったと思います。

でも、周りの友達の様子を見ていると、友達は女の子と付き合っていました。私自身も、高校2年生の時に同級生の女の子と付き合っていたことがありましたが、今から考えると「好き」ではなく「大切な人」でした。

その当時は、「人は異性に対してのみ、恋愛感情を持ったり、ときめいたりする」と思っていましたので、人として大切に思っていた彼女に対しての感情が恋愛感情だと思っていました。

ところが、高校3年生の時に、同じクラスの同性の友達に恋をしていることに気づきました。一緒に話をしている時にはすごく胸がドキドキして、遊んだり外出をする際にはすごく胸がときめいたりしていました。すごくその友達と仲が良かったので、周りの友人からは「お前ホモなの?(笑)」と言われて、すごく胸がざわつきました。

同性を好きになることを笑いの対象にするバラエティ番組がよく流れており、そのような情報の刷り込みの影響もあり(決して悪意はなかったと思います)「ホモはキモイ」「お前も男が好きなんじゃないの?」という話が友人同士の会話の中でありました。

その時に、「僕はホモなんだ…」と自分がゲイであることに気づくと共に、周りに自分がゲイということがばれたら学校に行けない、生きていけないと思い、必死に自分を隠し続けるようになりました。

自分を隠し続けるということは、同時に自分の存在を否定し続けるということにもなり、精神的にとても不安定になりました。家族や友達、学校の先生が周りにいるにも関わらず、高校生の時にはずっと孤独でした。

そんな時に「ここがヘンだよ日本人」という番組で同性愛について紹介されており、その番組を見たその当時、仲が良かった友人が「別に同性を好きになることっておかしくないんだよな〜」と話をしていて、「よし、言おう」と決めました。

その当時、高校3年生で卒業まで残り数ヶ月だったため、もし、いづらくなったとしても、すぐに卒業してしまうので問題ないと判断して、カミングアウトすることを決意しました。

とても緊張をしていたため、どんな風に話をしたのか、詳しくは覚えていないのですが、

 

「僕、同性が好きなんだ…」

「(あっさりと)そうなんだ〜」

 

と受け入れてくれました。そこから少しずつ信頼している友人には打ち明けることが出来るようになり、精神的にもとても安定してきました。

母親へのカミングアウト

仲の良い友人にはカミングアウトをするようになっていきましたが、家族にはなかなかカミングアウトをすることが出来ませんでした。

親にカミングアウトをした友人の話を聞いていると、

「カミングアウトをしたら『頭がおかしくなった』と言われて病院に連れて行かれた」
「『こんな風に育てたつもりはない』と泣かれた」
「『同性が好きなのは一時的な遊びのようなものだから最終的に結婚すれば良いよ』と言われた」

と、好意的に受け止めてくれた話をあまり聞くことがなかったので、どうしようか迷っていました。

 

「もしカミングアウトをしたらショックのあまり倒れてしまうかな」

「『家を出て行け!』と言われるかな…」

 

といったことをずっと考えていました。自分のことを偽っている状態で家族とも一緒にいるため、その当時は少し親とギスギスしていたため、「きちんと自分のことを話そう」と決意しました。ところが、面と向かって話す勇気はなく、手紙を書くことにしました。今まで悩んでいたことや、「この家族に生まれて良かった」ということを手紙に綴りました。そして、母親がお昼に横になっているときに枕元に手紙を置いて、そのまま外出をしました。

その後、外をぶらぶらと歩いていると、母親から電話がかかってきました。

「前から何となく気づいていたけど、言われてみると『やっぱりそうなんだな』と思った。でも、(現時点では法律的に同性の結婚が認められていないため)結婚しないということはずっと一緒にいてくれるのかなと安心する気持ちもあった。別に恥じることもないし、自分らしく堂々としていればいい。ピーコさんのように自分らしく生きていけばいいよ」

と、とても温かく受け入れてくれました。「ピーコさんのように」という部分は、どういう意味だったのかとても気になったのですが、聞くことが出来ませんでした。きっと深い意味があると思い、その後、ピーコさんが書かれた「片目を失って見えてきたもの」という著書を読み、母親が言いたかったことは「周りから何を言われても、自分らしく生きていくことを大切にする」「家族を大切にする」「周りにいる人を大切にする」ということだったのではないかと思っています。

ゲイ=不幸?

親御さんは自分の子供から当事者であることをカミングアウトされたらとても驚くと同時にとても大きなショックを受けられるかもしれません。

「子供は病気なのではないか。」
「私の育て方が間違っていたのかな・・・」
「子どもの人生はお先真っ暗だ・・・」

まず、結論から先にお伝えすると、同性愛は世界保健機関(WHO)において病気ではないとみなされており、治療の必要もありません。つまり、病気ではなく、そもそも治すものではないということです。前回の記事でお伝えさせて頂いた通り、LGBTは社会に一定数存在しており、見えない存在になっているだけなので、「普通ではない」ということに悩む必要はありません。

また、「当事者=不幸」ということではありません。後編は「ゲイということを通して得られた経験」をお届けしたいと思います。

後編に続く


↑「フォロー」するとケアラーの最新情報が届きます♪
いつもシェアありがとうございます>< 皆さんのシェアが励みになります!

この記事の著者

On the Ground Project代表 市川武史

On the Ground Project代表 市川武史

はじめまして、On the Ground Projecの市川武史と申します。
当プロジェクトでは「私たちがそこにいるのが当たり前。こんな社会をつくりたい」 というビジョンを掲げ、LGBTをテーマにしたビジネスを展開しています。

この著者の最新の記事

関連記事

ページ上部へ戻る