【体験談】精神疾患を持つ人からの期待と、自分自身の誤算

  • 2015/06/04

『殺してって言われても、あんたが殺したらあかんで、あんたの人生がめちゃくちゃになるから』
僕が17歳の頃に、自律神経失調症の母が言った言葉です。父と母が不仲で、この頃はよく喧嘩して、お互いを罵り合う現場に遭遇することも多かったものです。 ある日、僕が寝る前に母から言われた最初の言葉は、通常では考えられないものでした。そして、僕は泣きながら『そんなことせぇへん』といいながら、実際は強く『殺したい』と思っていました。

精神疾患を持つ親からの期待

image2 僕が子どもだった頃は、とりあえず子どもを育てることに命をかけるような人でした。少し間違えたらモンスターペアレント。担任が変わって僕の通知表がこれまでより悪くなっていると、その理由で学校に電話するくらいでした。その先生もさぞかし対応に困ったことでしょう。成績が落ちることはあってはならない…子どもだった僕の至上命題になったのは言うまでもありません。

さすがにカンニングする勇気もなかったので、テストだけは頑張って、それでも悪かったら平均点が低いことを持ち出したりして、子どもながら言い訳がうまかったなぁと思いますし、長期間、外の人と関わりのない母にとってはそれが本当だと納得できればよかったんだと思います。

高校選択で、あえてレベルをひとつ落としたのは、もちろん学校見学での校風が云々あったかもしれませんが、何よりも相対的な評価の中で、期待に応えられなくなるのが怖かったのかもしれません。だいたい高校の普通科で校風なんて大した問題じゃない。みんなが志望校に向かって努力して勉強している間、それなりの勉強で済んだのは、高い内申点とレベルを落とした効果だったと思います。

そして、現在に至るまで、僕は”期待通り”世間的には成功街道を歩いてきました。自分で言うなって感じですが、優等生と周りからも言われていました。大学も自費ながら卒業して、安定した企業にも入りました。これは、父や母が子どもに対して努力することや勉強することの必要性を教えてくれたからだと思っています(方法は別として)。

期待に応えるが故に生まれた計算と誤算

image3 誤算として、誰かの顔色を気にしてしまう性格と、もうひとりの醜い自分の誕生でした。人への媚びの売り方は、知らないうちに憶えていました。誰がこの場を取り仕切っていて、この場に求められている役割は何で、自分がそこでどう動けばいいのか。人に寄り添って優しいという人もいますが、それを俯瞰して後から冷静に分析する自分がいて、そんな自分を偽善だと批評するのです。

醜い自分は、自分自身を追い詰めていきました。僕自身がどこにいて、その時お前は何を考えていたんだ、と。正解のない中で、正しい解を出せているのか?それはお前のエゴじゃないのか、と。

そして、醜い僕が母と同じ病を連れてきました。周囲の目が気になる、緊張のあまり人とうまく目を見て話せない。考えすぎて動けなくなる。外にでかけたり食事をするのが楽しくない。生活するのが億劫になる。ついには、「死にたいと言ったら、あなたのそばにいる人は殺してくれるのか?僕が殺したいと思ったことを実現してくれるくらいの人はいるのか?」と思うくらいに。

経験から得た僕なりの対処法

image4 その経験から、相手の感情をあえて察することをやめてしまうのも自己防衛のためには必要だったんだと僕は学びました。精神疾患を持つ方と関係性を構築する上で特に影響があることは、患者本人が感情をコントロールすることが難しいケースが多く、突発的だったり、想定外だったりのことが頻繁に起こることではないか、と思います。

そのとき、あなたは、適切な対応をとろう、と考えるかもしれません。でも、あなたのせいで、病気が生まれたわけでもなければ、病気が悪化しているわけでもありません。ただ単に、タイミングなんです。どんなことをしたとしても、不満に思うのです。DVをしてしまう人が、愛する人に対して我を忘れて暴力をふるってしまうのと近い、と僕は捉えています。

介護の記憶は、良くも悪くも僕の人格形成に影響を与えています。まぁ、幼少期の人格形成に家庭環境や周囲の環境が与える影響があることは、誰しもに共通することですが。

あまり相手の感情を読み取りすぎず、適切な距離をとることです。子どもにとっては、適切な距離をとることが難しいので、できれば本人ではなく周囲にいる人が「お前のせいじゃない、お前がどうこうできる問題じゃないから、もうこれ以上考えるな、お前はお前の道を行け」と言ってあげてください。


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この記事の著者

やしゆう

やしゆう

1986年生まれ。5歳で親が自律神経失調症になり、13年間親の病気を中心とした生活を送る。18歳で独り暮らし、大学へ通いつつ介護の代わりに自らの生活費を稼ぐ。就職するも、25歳で自分自身もうつ病と診断され、少しだけ親の気持ちが解りだした。現在通院加療中だが2015年度中に治すことを決意。

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